奇跡の体験 僕が見た物質化現象

これまで縁のある方だけにサイババ体験を語ってきましたが、
そろそろ時期が来たと思いますので、先日Universaljp ML
にも書いたものをアップしました。

それは僕の物質化現象を見せられた体験です。

阪神大震災が起こる17日早朝までに僕は青山圭秀さんの
サイババの3部作と「聖なる予言」を読み終えました。
この4冊の本はこの時期ベストセラーになって、サイババ
ブームが起こり、インドに行くツアーが増えたようです。

最後に4冊目「真実のサイババ」を読み終えた直後に
地震が起こったのですから、最初にサイババのことが
頭をよぎり、サイババに何かご縁を感じたのです。

1週間後ほどして岡山の友人が、元気村に野菜を持って行くから
会いましょうと電話があり、その日彼に会いに行くと肝心の
彼とは話さず、すぐに東京から来た女性と話を始め、なぜか
彼女が「先日サイババのアシュラムから帰ってきたばかり
です、今日ここに来たのはきっと貴方にビブーティを
渡すために来たのです」と言われたのです。

「神戸にはサイババのセンターがあるから行ってください」
ともいわれ、翌日行って見ました。丁度全国から来たボランティアが
数十名おられ、被災地の案内役を頼まれました。

こうしてサイセンターに通うようになり、サイババに会いに行く
ツアーなどもありましたが、僕は会社があって貴方に会いに
行けないから「日本で物質化現象を見せて欲しい」と祈るように
なりました。

1)1995年の10月にサイババの聖誕祭が神戸でありお手伝いを
しました。そしてすべての行事が終わってボランティアが
サイセンターに50人くらい集まった時の事です。

「先週から大理石のガネーシャ像がミルクを飲み始めています、
皆様もミルクをあげてください」と言われボランティア全員が
列になってミルクをスプーンで与えました。

ミルクはスポイトで吸うように一瞬でなくなりました。
それが私たちが帰った後もインド人が沢山来て深夜に
なるまでに6Lも飲んだそうです。

2)翌年は福山のミロクの里で聖誕祭がありました。
2日目の午後に講演会場に入る廊下のPタイルには花が
飾られている場所でアムリタ(蜜)が出ました。

大会の主宰者が皆様で味わってくださいと言われ、1000人
近い参加者が全員そのアムリタを爪でとって舐めました。
もちろん甘かったです。

3)我が家のサイババの写真を入れた小さな額縁から
粉が1年近くでていました。

この3度の体験で、サイババには特別な力があり、
想念とか祈る力が波動として伝わることを学びました。

そしてサイセンターからシャンティの文字をもらって
サラ・シャンティという道場が1997年4月に生まれました。

その後、会社勤めと道場の経営の両立で大変忙しくなり、
サイセンターには行かなくなりましたが、定年退職の
時にはぜひお礼参りに行こうと思ってました。

定年の2年前に中健次郎という気功家の合宿のパンフレット
を見て、フト会いたくなり高野山の合宿に参加しました。
彼は毎年の12月中旬からアシュラムに2ヶ月ほど滞在するほど
サイババの帰依者であることを知りました。

翌年の同じ9月の合宿に参加して、退職するから休暇が取れる
ので、今年の年末に連れて行って欲しいとお願いしました。
この時妻は「一人で行っておいで」と言ってました。

しかし9月末に妻が甲状腺ガンと診断されたので、一緒にインドへ
行こうと誘ったところ、行くと答えたのです。
これで彼女のガンは治ると思いました。

そして12月25日に日本を出て1月8日の僕の誕生日を是非アシュラムで
過ごしたいと9日まで滞在の日程を立てました。勿論心の底で何か
奇跡が起こって欲しいと期待したからです。

中先生のおかげでいろんな準備も計画もすべてうまく行きました。

そして2週間の滞在の間、特別なことは何もなかったのですが、
最後の8日の誕生日には何か起こって欲しいと期待していました。

7日の晩に急にアシュラムから出て、サイババの両親の墓にお参り
行くことになりました。そして翌日の朝3輪車を雇ってそこへ
案内してもらいました。

ついでに気になっていた隣の町に行きたいと言うと、そこには
でシルディのサイババの寺院があるから連れて行くと輪タクの
運転手に言われ、そこへ行ったら、そこには高潔そうな夫妻
の僧侶が待っていてくれたのです。

私たちは寺院の中に招き入れられ、3度シルディ・サイババ像の
周りを回るように指示され、最後に男性の僧侶に手を出しなさい
と言われ、クルクルと回した手からビブーティ出して、
私たち夫婦を祝福してくれました。

ビックリして寺院を後にしたら、運転手からも「僕も今まで
こんなことは見たことがない」と言われました。そして
「しまった写真を一緒に撮っておけばよかった」と言うと。

明日の朝8時頃に、アシュラムの前のジャーマンベーカリーに行くと
彼らは来ているはずだと言うのです。彼らも行くからと言って別れました。

そして翌朝そこへ言ってみても僧侶夫妻も運転手も現われず、
僕の前をサイババの車が通るのでカメラのシャッターを切ったら
サイババが僕を見ているタイミングでの写真が残りました。
これも大変ラッキーなことでした。

僕は滞在の間も手紙を書いて手渡すようなことはせずに、
ただ誕生日に祝福があれば嬉しいナーと思っていただけです。
9日には気分よくアシュラムを出発することが出来ました。

会社はすでに5日から始まっています。規定では入社日が
退職日と決まっているのですが、会社の特別な配慮があり
僕は1月9日にアシュラムを出て日本へ帰り、12日から出社し、
15日に退職できるうようにしてくれました。

会社からは残って欲しいと言われていましたが、妻のガンの
ことを理由に辞退させてもらえました。

サラ・シャンティを作ったのは僕ですので、ビルの管理の
仕事に道場の経営と妻に負担をかけたことがガンの原因の
一つだと思ってました。

退職後はサラ・シャンティの活動に専念し、妻の負担も
軽減したようで、その後妻の首筋のガンは消えました。
清水

テーマ : 伝えたい事
ジャンル : ブログ

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サラ・シャンティ

Author:サラ・シャンティ
戦後70年、封印されていた日本人の意識を目覚め、世界の期待に答えるために、高天原の神々からの波動を受けた人々が活躍する時代となりました。そして縄文基底文化に秘められたカタカムナの謎が次々に明らかになりつつあります。天命を抱いてサラ・シャンティに集われる講師の方々をご覧いただければお分かりになるでしょう。

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