新しい時代への着実な変化(6)

すでに17年も前になる阪神大震災、その被災者としての経験はとても貴重なものでした。加害者が自然ですから文句も云えませんし、運命だときっぱり受けて立つ意外にありません。地震列島と云われてピンとこなかったことが、しっかり身体知で学び、なるほど「日本人の国民性である和の精神、忍耐力、潔さを育んでくれたのは地震や津波だったんだ」と体の奥の方で納得できて、以来何が起ころうと動揺せずにすべて受け入れる問題解決能力を養えたような気がします。

生きている限り二度と起こって欲しくない思い出が数々ありますが、311のお陰で忘れていた事を思い返すようになりました。この極東の日出ずる島に生を与えられ、生かされている間に、「想定外」と誰もが思っていた117阪神大地震と311大津波という百年以上の周期で起る地球生命体のちょっと大きめの身震いを、一生で2度も味わえたのは運がよいのでしょうか。この厳しい体験実習のお陰で、前向きにすべてを受け入れ、助け合いの精神を育んできたご先祖様の知恵を伝授していただきました。その特異な国民の行動パターンが海外から賞賛されていますが、そこから死語になっている「愛国心」「大和魂」「和をもって尊しとする」の精神教育の復活へと繋がっていけばと期待しています。

神戸には絶対起こらないと安心していたのに、何の予兆もなく突然の大きな横揺れで目覚め、柱が折れ曲がり天井落ちてきそうな恐怖を味わいました。揺れが納まり家の形が保っているのにホットし、ボー然としつつ隣に住む父母の家に駆けつけ、壁が崩れ天井板の間から落ちた砂ホコリの中に二人の無事を確認しました。二人を安心できる場所へ移し、父母にご近所の被害を見て来いと言われ、見た目に壊れた家が殆どないことを報告しました。古い神社のあるわが家周辺は地盤が固かったのでしょう。後で自転車に乗って見て回った海岸に近い扇状地ほど被害が大きく、まったく原型をとどめていない総崩れの家々やJR六甲道、阪神高速の高架が落ちた光景に仰天しました。

近くの倒壊したお風呂屋さんでは、外国の若者数名が救出活動をしていて、その素早い行動力にびっくりし、かなり危険な深いところに潜って入りお婆さんを無事助け出してきた勇気に感動しました。そこから私が通っていたジムを見に行くと、木造家屋で下敷きになった老人が箪笥の端が邪魔で引き出せないと言われ、家に斧を取りに帰り、隙間に潜り込んで壊して助け出すことができました。その間に何箇所かで火災が発生、水が来なくなって消防が機能せず焼け死んだ学生がなん人かいると聞いた時はショックでした。私の会社は2週間休業となり、その間に瓦の落ちた屋根にブルーシートを被せ、バケツを持ってトイレ洗浄用の水を川へ汲みに行き、家の簡単な修復などをする一方、自転車に乗って安否が分からない友人の無事を確認にでかけ、東は西宮、芦屋、西は長田区あたりまでの被災状況を見て回りました。その時に御影公会堂の近くの石屋川の公園に大きな鍋で炊き出しをしている人をチラッと見て、その姿が心に焼きつきました。その人は山田バウさんで、震災二日後に「元気村」を起こし、そこへ全国から大勢のボランティアが駆けつけ、支援物資が届き、数々の支援プロジェクトを立ち上げて、全国に被災地支援ネットワークが生まれ、今回も大きな活動をされています。

私の家は半壊してもまだ住めたし、家族も仕事も無事で何も変わらなかったのですから、本当にラッキーだと思いました。日ごろ疎遠なご近所さんたちと助け合ったりのお付き合いが生まれ、余分な食料などを物々交換したり、街中の誰もが親切でやさしくなって、住みやすさを感じました。天災だから、前向きな気分で助けあう日本民族のDNAが働くのでしょうか? 余震が何度来ても一時的にびっくりしてもすぐに忘れ、自分と両親の家を住める状態にすることで頭が一杯、先のことなど考える気にはなりません。とにかく「今までどおりの生き方をしては駄目なんだ」と何か新しい方向性を見つけることに夢中になっていました。震災の直前に読んだ「聖なる予言」の影響なのか、次にどんなメッセージが来るのかと期待したり、次々と面白い出会いや体験が生まれワクワクしてました。半年間は夢遊病者のように土日・休日の外出が多くなり、妻は「この人いったい何を考えているの」と思っていたことでしょう。

半年くらい過ぎてから家の解体手続きの期限が来て、やっと再建のことを具体的に考え始めました。隣接する父の家と私の家を同時に取壊して土地を二つにあわせビルを建てることで両親・兄弟の同意を得て、親しい建設会社に設計図をお願いしたのですが、気に入らず次々に他の建築会社を探し、合計7社で10枚の設計図が出来たのですが気に入ったのは一枚もありません。その時に近くの小学校で支援活動をしていた設計士が相談に乗ってくれ、集まった設計図を全部見せて私の構想を述べ、何度も修正を加え半年以上かかってやっと満足できる設計ができました。

道場の併設や、屋上に太陽光発電も欲しいと、建築費が上がることなどまったく気に留めず能天気なことを設計士にお願いしました。最終的には運よく建築会社も銀行の融資も決まり、思い通りのビルが無事完成した訳ですが、その後の定年まで生活費を切り詰め、ボーナスもすべてローン返済に回すなどとても大変な状況となり、退職後の現在もどうなることかと心配しつつも相変わらず能天気でやっています。

今被災地の方々も前が見えない同じ気分を味わっておられる事でしょう。特に津波で家財や家族、何もかも失って生き残った方々のことを思うと深刻すぎて、想像を絶するような苦しみを味わっておられると思います。でも人との大切な繋がりを失わなければ生きていくことに希望を見出せるような気がします。

山田バウさんの処で繋がった人たちが、石巻に「ボランティア支援ベース【絆】」をつくり活躍しています。そこではサラ・シャンティの講師・津田啓史さんが「整体・マッサージ隊」を組織し、シャンティ・すぽっとに事務局を置く吉澤武彦さんがカーシェアリング協会を立ち上げ仮設住宅へ広げています。その【絆】で活動をしていたカメラマン鈴木有人さんはほとんど写真を撮る時間がなかったそうですが、その数少ない作品から「東日本大震災写真展」としてシャンティ・すぽっとで8月25日~9月12日午後1時まで開催中です。展示された笑顔が一杯の写真から「被災地の人々の行動や生活がなぜ海外の人々に感動を与えるのか」がジーンと伝わってきます、ぜひ時間があれば見に来てください。

しかし今なお世界の人々は福島原発の放射能汚染はかなり深刻な事態と捉えており、インターネット上で海外の専門家の論評を時々刻々に見ることが出来ます。しかし日本の政府もマスコミもまったく無視し報道しませんので、被災地域では「心配しても仕方がない」といった諦めの空気が満ちているのでしょうか。ネット上でも体内・体外被曝への対策が紹介されていますが、中でもマクロビ食が汚染物排出に有効との記事が多くあり、その根拠になった記事を引用します。

「長崎の原爆投下直後から治療に活躍した秋月辰一郎博士は、当時爆心地から1.8kmの病院関係者、患者、そして博士自ら全員が被爆しましたが、原爆病の発症はほとんど見られませんでした。博士が毎日玄米とワカメの入った濃い味噌汁を食べさせ、砂糖などの甘いものは絶対に食べないように指示したとあります。それは、玄米、発酵食品である味噌、海藻類という日本の伝統食をとることで体内の毒物(放射能物質)を排出することができたということです。

マクロビオティック的な陰陽論でみると、塩は陽性で、砂糖は極陰性という性質を持ち、博士はこの時陽性よりの食事を指導しています。陽性は「温める、締める、固める」など収縮・求心性の性質を持っていて、陰性は「冷やす、ゆるめる、溶かす」など、広がっていこうとする性質があります。放射性物質は極陰性で、強い膨張、拡散の作用があり、それによる病症は皮膚が溶ける、髪が抜ける、赤血球や免疫細胞が溶けることによる白血病など陰性症状で、極陰性である砂糖を摂るというのは危険なことであると分かります。

 記憶にまだ新しい、1986年チェルノブイリの原発事故ではこれを知るヨーロッパの自然食愛好家によって30トンもの味噌が現地に送られ、また博士のレポート「長崎原爆記」が英訳されヨーロッパに広まりました。」

被爆を心配されている人たちが、せめてこの機会にマクロビ食を実践され、少しでも不安解消してほしいですね。他にも豆乳ヨーグルト、クロレラ、スピルリナ、ゼオライトの入りサプリメントなどが体内被曝を軽減するそうです。でも、のんびりかまえている人はみんな知っていて安心しているのでしょうか? それなら、この機会に伝統の和食が復活し、肉食や甘いものを控えれば、34兆円の医療費削減となり、その分を東北の支援と復興に使えます。

 この夏休みに全国各地のボランティア団体に子供たちが招かれ、安全な土の上で開放感を味わいました。明石では小野洋さんのグループが福島の子供たち28人を招きましたが、そんな子供たちもガンの発病、奇形が心配で将来子供が生めない、差別が生まれ結婚できなくなると言った不安を抱いています。公表されない放射能汚染のホット・スポットでは、引越しも出来ずに困っている家族が多いと聞きますが、東電や政府は何をしているのでしょう。

最後に5月にサラ・シャンティへ来られた「マインドコントロール」の著者で元自衛隊陸将補池田整治さんのメールからの一部引用です:

「太平洋プレートが動いている以上、本番とも言える東海・東南海・南海プレートの巨大地震は目前でしょう。前の江戸時代の時には、津波で鎌倉の大仏様の頭が落ちました。私には、「その前にせめて浜岡原発や3号機と同じプルトニウムを使っている伊方原発は止めておきなさい」、と亡くなった3万の魂が身をもって教えてくれている気がします。特に浜岡原発の場合、砂浜の上にあり、まさに砂上の楼閣なので、今回のような巨大地震と津波で確実に倒壊し、保管プールも横倒しとなる。放水の緊急冷却も不能となり、確実にメルトダウンが始まることを断言しておく。

それ故になおさら、まず日本が、本来持っている技術をしっかり結集して、永遠の地獄の釜である原発に依存する社会からすみやかに脱皮すること。そして人間本来の自然と共生する生き方とマッチしたクリーンエネルギー社会を雛形として実現してみせること。それが世界のリーダーとしての日本の本来の役割だとエールを送っている声があなたには聞こえませんか?」

テーマ : 伝えたい事
ジャンル : ブログ

コメントの投稿

非公開コメント

↓このページを翻訳できます↓
プロフィール

サラ・シャンティ

Author:サラ・シャンティ
戦後70年、封印されていた日本人の意識を目覚め、世界の期待に答えるために、高天原の神々からの波動を受けた人々が活躍する時代となりました。そして縄文基底文化に秘められたカタカムナの謎が次々に明らかになりつつあります。天命を抱いてサラ・シャンティに集われる講師の方々をご覧いただければお分かりになるでしょう。

カテゴリ
最新記事
月別アーカイブ
最新コメント
RSSリンクの表示
書籍のご案内

2015年1月8日発売
若い頃からメキシコやキューバに出かけたり、古武道との出会いから気功やヨガ、トライアスロンとエスカレートして得た不思議な体験から、なぜサラ・シャンティが生まれたのかを語る自叙伝です
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク






FC2 Blog Ranking
QRコード
QRコード
検索フォーム
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ご縁のあるリンク
ふるさと義捐金
ボランティアグループ ねこの手
阪神大震災を記録しつづける会
平井憲夫 1級プラント配管技能士
はっぴーあいらんど新聞
なまえのない新聞
モモの家
7 Generations Walk
きくちゆみさんのブログ
生きる バウさんの道中記
Hatsumina's旅Blog 2
福井幹さん
縁側スペース「楽の森」
グリーンベア
ホリスティック心理教育研究所
奈良裕之さん
カウンター