魂の受信・発信の働き

魂の受信・発信の働き

「天は自ら助くるものを助く」と題し、2回に分けて「魂」について書いてきました。

昔の人は「縁に出会って縁に気づかず。縁に気づいて縁を活かさず。袖触れ合う他生の縁もこれを活かす」と人生の極意を伝え、ご縁を大切にし、こうして「魂」は受・発信装置の働きをして様々な形で人に気付きを与え、社会が上手く機能していたようです。

このような「魂」について、やっと大らかに語り合える時代になってきました。

年老いてから、「今あるのは前世や過去世の縁だった」と数々の偶然のによって導かれていた事に気づく時はすでに遅し、すでに人生の山を越えていたりして私の人生は何だったのか、せめて子供の時から教えてくれればなー、と後悔してしまう。そんな人生にならないように、昔の人には「知恵」があったのに、現在は核家族化や共働き、知識偏重や情報過多、左脳教育で消失しています。私の世代はまだ神話、不思議なお話、伝統的な習慣などが残っていて、偶然とは思えない何かがあるとそれを素直に受け入たり、何か不思議な事が起こると、心が惹かれて夢中になってしまう、両親がそんな私をそっと見守ってくれていたお陰で今があると感謝しています。

最近では又、学力が落ちたとユトリ教育が否定され、味わいのある感性や感受性といった自然とのコミュニケーション能力などの価値を認めません。それが人生にとってどれほど空しく貧しいものか、その現れとして、ひきこもり、不登校、自殺、躁鬱など病んだ社会になっています。そういった感性を養えない学校が多く不登校の子供の気持ちを理解せずに社会問題化しているのは何と愚かなことでしょう。知識ばっかりで判断して、周りの空気や人の動きも読み取れない、社会に無関心な人が本当に多くなりました。明治天皇が生涯で10万首の和歌を詠まれたという、その能力はどんな教育で培われたのでしょう。今の皇室にもその伝統は残っているはずですが、どうしてそうした事が日本の教育のお手本にならないのでしょう。

私はサラ・シャンティというスピリチュアルな場を与えられた事から、「魂」のことを世の中の人にどう伝えればよいか考え続けてきました。その天命に応えようと悶々とした日々を過ごしてきた訳ですが。311の大災害が起こり、さらに原発という人災が全世界に衝撃を与え、人の意識が変わった事で、同じ思いの方が世間に登場し活躍を始めました。おかげでどれほど楽になったでしょう。その反映として気功家の中健次郎さん、音霊演奏の奈良裕之さん、カタカムナの研究の吉野信子さん、言霊伝承者の大下伸悦さん、日本語は神の言葉の昌原容成さんなどその他多くの方が同じ思いや感性が共鳴してサラ・シャンティで講座やコンサートや個展が実現しています。参加される方々も感性の豊かな方が多いので、講師やアーティストの方からも場のエネルギーが高いから集中できて内容が深い処に入って行けると好評です。

などなど前号までに書いてきましたが、今回はズバリ私の体験をかいてみます。

丁度この文章を書き始めた直後、15年前に「幸塾」を一緒にしていた柏原さんが突然電話をくれて、明日近くに行くから会いたいと言ってきて、原稿書きで忙しいと断ったのですが、明日は竹田恒泰氏の講演が大阪に行くからどうしてもその前に会いたいとのことで、ではお待ちしていますとなった。なんとこれが私にとってすごい情報をもたらすことになったのは、やはり神様の悪戯か。

積もる話を長々としていたその中に保江邦夫さんのことが話題となり、友人が帰ってからメールでYOUTUBEを紹介してくれました。すでにご存じの方は多いと思いますが、保江邦夫さんはノートルダム清心女子大学の物理学教授で合気道を愛魂道として、指導されています。この人がなぜ凄いかと云いますと、「マザーテレサがなぜ路上で倒れた病人を軽々と抱えて歩かせるのか、それは相手に愛が伝わると、その人の魂にスイッチが入って無意識に不随意筋を動かして歩きはじめる」ことを科学的に説かれているのです。他にも2時間半以上の「予定調和から連鎖調和へ」の出版記念の講演のを見てまたまたビックリ。

さっそく「愛の宇宙方程式」など4冊をアマゾンで注文。読んでみると、中身は私が伝えたかった「魂」のことがそのまま書かれていたのです。合気を追い求めてきた物理学者のたどりついた世界「愛の宇宙方程式」では「人は死なない」の著者矢作直樹さんが巻頭文を書かれていて、「保江先生は自らに起きた幾度もの奇跡を自ら理解し、その導きを人生の一歩一歩に生かして来られた」と、そして「この人生で、神意を理解することの素晴らしさ・・・・!」と書かれています。

UFOについても、その飛ぶ原理は、合気(愛魂)の原理と同じ愛だった。なんて書かれてあり、量子論的に愛と魂の事が説かれ、宇宙=普遍的な愛、魂=拡張と収縮を繰り返す愛、人間=ヒト+魂、と書かれ、なんと2年前に我が家に来てくれたUFO研究家のグレッグ・サリバン君とも親しく情報交換されていると知りびっくりです。保江先生の著書はどれもびっくりするような体験が書かれてあり、その思い切りぶっ飛んだ内容と比べると、私の体験などお粗末なものですが、このタイミングで保江を知ったのも「私の魂の体験を書きなさい」との神意の現れかと勇気づけられたのです。

311の被災者の方々同様に117阪神大震災の被災者である私は、天変地異を日本人として生まれた宿命として素直に受け入れたと思います。そして全国から訪れるボランティアや支援に感謝し、両親の世話などしつつ、被災者の引っ越しのお手伝いなどの活動をしていました。その間にサラ・シャンティのアイデアが膨らんできて、ミラクルなことが続いて起こり、実現した訳ですが、この時ほど大いなる存在とは何かと、どれほど考えた事でしょう。しかし保江先生と同じように、自分に与えられた使命を天命として受け入れ、迷わずに前進することができました。

大東流合気柔術をしている保江邦夫さんと似て私の場合も古武道との出会いによって人生が大きく変わりました。私は妻の妊娠で東京から甲子園の団地に引っ越し、無事に生まれ、共働きで子供を保育園にあずけ、5歳児になった頃に、親しくしていたK子ちゃんのお父さんが、その頃通っていた大東流合気柔術は私には不向きで受身で肩や背筋を痛め、足や腕も関節を痛めたりとケガばかりしていたので「近所に清水さんにはぴったりの杖道を教える道場が出来たよ」と紹介してくれたのが始まりです。さっそく行って体験させてもらって即に、「これは一生続けられる」と直感しました。(実際にその通りになり36年間続けてきました。)

これが神道夢想流杖道師範の松田先生との運命的な出会いとなりました。この時は師範の実力や杖道の世界のことなど全く知らず、ただ杖道だけが気にいって週2回の稽古に通い始めました。その内に空手と合気道の師範格の二人が入門してきて、師範がどれほど凄い指導者か教えられました。しかし師範はこの二人の武道の達人が入門した後も、私を一番弟子扱いされましたので、こちらは武道の武の字も知らないへっぴり腰の素人でしたので、道場の稽古に緊張感が増し、お二人から容赦なく鍛えられることになりました。

その上に、毎週の日曜日の朝4時に摩耶山中での滝行、大晦日と建国記念日は伊勢五十鈴川での禊に誘われ、さらに夏は大峯山参りなど私の知らなかった古神道と修験道の世界に導かれたのです。お陰で精神力が鍛えられ体力も徐々に付いてきて、37歳の時に兵庫県でトライアスロンクラブが発足した時にすぐに入会しました。まだまだ体力・スタミナ共にない私は短距離のレースから参加、他の仲間は鉄人レースというロング志向の人ばかりでした。しかし10年ほど続けている内に、杖道のナンバ走法で走るようになったおかげで二つの大会で年代別(40歳以上)一位になり、仲間たちがびっくりする程に元気になりました。

45歳過ぎからは宮古島トライアスロン大会、ニュージランドでのアイアンマン、熊野古道走破、和歌山城ー高野山往復の100キロマラソンなど長い距離を完走できるようになり、62歳まで続けました。もし杖道に出会えなかったら、もし二人の達人が入門してこなかったら、今の僕はありません。「一生続ける」と思ったことにこれほど深い意味があったのかと後になって気づき、修験道や滝行の時に祈る「守護霊とか守護神」様っているんだなーなんて考え始め、魂の存在を身近に感じるようになりました。

いま姫路市はNHKの大河ドラマ「軍師官兵衛」で賑わっていますが、私は毎年姫路古武道協会主催の演武会が姫路神社、書写山円教寺、総社と3回あり、これも20年以上参加してきました。神道夢想流杖道の夢想権之助は黒田藩に招かれ、その杖道はお留技として継承され現在に至っていますので黒田官兵衛には深いご縁を感じ、姫路の演武会で演武する度に黒田藩の家来として前世使えていたのではと想像すると気分が高揚します。小学生の時に訪れた書写山円教寺は、何故か子供心に深く感動したことがあり、そこで演武出来るようになった時は夢が叶ったように思いました。

杖道では毎年合宿をしています。最初の頃は高野山や柳生道場でも合宿をしていましたが、空気が合わず二度と行きたいと思いませんでした。これも後から考えると武蔵との過去の因縁が私に降りかかって来て、拒絶されたのでしょう。次に訪れた姫路の奥の岡山県美作にある宮本武蔵道場は私達を快く迎え入れてくれたのですから、夢想權之助と仲が良かった宮本武蔵の魂が、杖道を継承する私の魂の波動と共鳴したのでしょう。宮本武蔵道場には、すでに30年以上も毎年通い続けていますが、いつ行っても気分良く稽古ができますので、やはりご先祖様や守護霊によって守られていると思わざるを得ません。

神道夢想流杖道の開祖である夢想權之助は武蔵に勝つために菅原道真を祀る大宰府天満宮の霊峰宝満山に登り玉衣姫命を祀る竈門神社に祈願参籠すること37日、至誠通神、満願の夜、夢の中に童子が現れ、「丸木をもって水月を知れ」との御神託を授け杖術を編み出しました。これで一度は敗れた宮本武蔵と引き分けたと言われております。事実、細川藩に認められた武蔵同様に、夢想權之助は黒田藩に迎えられた訳です。

明治になって杖術は黒田藩士第二十四代の統、白石範次郎重明の高弟清水隆次克泰師範が上京し、玄洋社の頭山満の支援を受けて世間に広がります。私の師範はその清水隆二師範の直弟子なのです。私は中村天風にも多大な影響を受け、天風会に通ったこともあるのですが、天風は頭山満の弟子として育てられました。

頭山満にも大変深く縁を感じるエピソードがあります。東久邇宮著「私の記録」に「頭山翁は、衰運に乗じてその領土を盗むようなことが非常に嫌いで、朝鮮の併合も反対、満州事変も不賛成、日華事変に対しては、心から憤っていた。翁の口から蒋介石に国際平和の提言をすすめてもらうことを考えた」と記録にあり、これを受けて東久邇宮が東條英機首相に飛行機の手配を依頼したところ、「勝手なことをしてもらっては困る」と拒絶され、会談は幻となった。頭山翁の通りにしていたら今のような韓国との険悪な関係は防げたかもしれません。

その東久邇宮の孫である東久邇信彦氏とは1966年4月当時19歳だった私が渡米時にアルゼンチナ丸に乗り合わせ、航海中に楽しい時間を過ごした懐かしい思い出があります。

こんな風に杖道に出会った事で私の人生が大きく変わりました。もし杖道に出会わなかったらどうなっていたでしょう。その杖道に出会えたのも、子供が甲子園の保育園にいたからで、その保育園に入れたのも結婚したから、その妻に出会えたのも・・・・と一生を辿ることになり、すべてが繋がります。最後は「天上界にいた僕の魂が両親を選んで生まれてきたから」、と体内記憶の話になりますので魂の存在を深く考えるようになりました。

保江先生のような本を何冊も書ける特別な体験は誰にも起こるような事ではありませんが、私の場合は平凡な日常のことだと思いますので、日ごろ人には話せないような誰にでもある魂の体験を語りあえる場として、サラ・シャンティがお役にたてばと思っています。

また私達日本人として生まれてきて、その魂やご先祖様のお陰で高い文化性を築いてきた歴史の中に古事記、言霊、カタカムナ、2600年の皇統の歴史、そして多くの伝統芸術(音楽・絵画など)、そして六甲山のイワクラ文化などを今やっと学べる時代になった訳ですが、日本の底力を感じるのは全国に凄い研究や神下しされる方などが世間に登場してきて、今やインターネットで幾らでも情報が得られるようになりました。サラ・シャンティでは、その中でご縁のある方に来て頂いて講演をしていただけるようになりました。

さらに311以降、堰を切ったように「日本がどれほど素晴しい国か」と言った書物が多く出版されるようになりました。古事記編纂1300年、伊勢・出雲同時遷宮にシンクロして登場した竹田恒泰氏が皇室の人が社会的発言をしてはならないというタブーを打ち壊しました。戦後封印された日本の古代史から現代史や古神道について新たな歴史観で語られるようになり、その事を書いてきた訳ですが、その竹田恒泰氏にも影響を与えたであろう著書を紹介します。

10数年前に出版された「国民の歴史」の著者の西尾幹二さんと中西輝政さんの共著「日本文明の主張」で、そこからの引用です:

太宰府天満宮で有名な菅原道真の歌に「こころだに誠の道に叶いなば、祈らずとても神や守らん」とあるそうですが、つまりお祈りしなくても「まことの道」に誠実であるならば、神様は守ってくれるのです。道真から800年後の伊勢貞丈の家訓には「もしも心が正直で正しい方向にあれば、たとえ神を崇拝しなくても神は守護したまう。多くの諺にある通り神は正直な人間の心に宿るのである」と繰り返し書き遺しているそうです。これは今日の日本の庶民の心にも深く響きあうものを含んだ教えです。

この神というのは祈らなくてもよい、とすら言うのですから、明らかに西洋的な神とは根本的に違うもので、この様な庶民が持っている「神仏」感覚を通して「まことの心」という道徳感覚の根幹を体得していた。これがこの国の「こころの形」の基礎、つまり精神文明としての日本の源を支えてきた。奈良時代以降の仏教の経典には「神」にルビが降ってあり、しばしば「こころ」とふってあった。要するに、心も神も、すべて「こころ」、というのが日本人の宗教意識の根源にあるように思うのです。
             引用ここまで

もう一つ: 三笠宮彬子女王殿下のサンケイ新聞の記事の「遷宮のこころー感謝の気持ちを未来へ」の文章の中で、遷宮の1576種の御神宝を作る名工たちが魂を吹き込み図面と寸法違わぬものを作ることを紹介され、ある神職に「神道とはなんでしょうか」と尋ねたら「今、ここに生かされていることを神様に感謝することです」と答えられたと書かれていました。

こうした日本人の心の視点の下にサラ・シャンティで昨年秋に開講していただいた昌原容成さんは「現在の日本が武士道精神によって日本人の精神が高く保たれているなどといえるでしょうか?」と問い、「そうではない、『日本語はカンナガラの道』であるから高い精神性が保たれているのです」と日本語のアップダウン構造を解明されました。新渡戸稲造が「武士道」を10年も考えて苦労して書いた時代ではそこまで気付けなかったのでしょう。それだけ時代によって意識が進化している訳ですが、聖書の言葉「初めに言葉ありき、言葉は神と共にありき、 言葉は神であった」が示す、その言葉がそのまま奇跡のように日本語として継続発展してきて「今の優れた日本語があるのだ」と云える時代になったのです。

その日本語の原点であるカタカムナの吉野信子先生の講座は今やサラ・シャンティの看板講座になっています。48思念表では「ヒは根源から出る、トは統合する」の言霊を持ち、土居正明先生のカタカムナ講座ではヒフミは三神聖数で、ヒとは一なるもの、フは極性、ミは生命、「1より2が生じ、2から3が生じ、3より万物が生ず」の造化三神(アメノミナカヌシ、タカミムスビ、カミムスビ)で、「ヒトは霊止(ひと)である、霊なる存在であり、神そのものである」と教わります。このようにカタカムナは潜象物理学として解明され、吉野先生の研究が進み、4月から新たに連続6回の講座が始まります。

さらに世界稀なる日本語を深く考察された昌原容成さんとの運命的な出会いは、1昨年の大晦日の除夜の鐘が鳴る直前にブログを見つけたことでした。スグに「始めまして。ブログを拝見して驚きと感動に浸っています」とメールし10分ほどして「新年おめでとうございます。今年最初のメールが、清水様宛のうれしいメールとなりました。」とお返事が来て、会いましょうとなり、一体どんな人だと思って会ってびっくり。「韓国の昌原(チャンウォン)黄氏の血筋を引き、還暦までの人生を『黄容成』として過ごしした。大阪教育大学在学中は、合気道の稽古に明け暮れる毎日、その武道の流れが、やがて神道修行の流れへとつながり、神道と武道は車の両輪のごとく霊魂を導くことになりました。卒業後、技術翻訳の世界に入り、日本語と英語の構造の違いに悩まされ続けて30数年、その中で日本語アップダウン構造を発見・・・・」と自己紹介されたのです。

昌原容成さんの新著「父と母と産土の神」が出版されましたので、又新しい講座をしていただきたいと思っています。

「今知って欲しい大下伸悦の世界」では「医学不要論」の内海聡さん、大麻文化研究の中山康直さん、笑顔セラピーで著名な野坂礼子さんと興味深いゲストが続きます。さらに自然療法のお手当で有名な市川加代子さんの講座は奇数月の第四日曜に開催。2月は横笛の福井幹さん+サントゥールのジミー宮下さんのコンサートなど、日本の素晴らしい伝統文化を愛し学ぶ心を持った人々が集い、皆様のお役に立てることに心から感謝します。

テーマ : 伝えたい事
ジャンル : ブログ

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サラ・シャンティ

Author:サラ・シャンティ
戦後70年、封印されていた日本人の意識を目覚め、世界の期待に答えるために、高天原の神々からの波動を受けた人々が活躍する時代となりました。そして縄文基底文化に秘められたカタカムナの謎が次々に明らかになりつつあります。天命を抱いてサラ・シャンティに集われる講師の方々をご覧いただければお分かりになるでしょう。

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若い頃からメキシコやキューバに出かけたり、古武道との出会いから気功やヨガ、トライアスロンとエスカレートして得た不思議な体験から、なぜサラ・シャンティが生まれたのかを語る自叙伝です
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