高天原神界の働きが活発になっています

以前にも書いた311を予測した松原照子さんの著書
「聞いてビックリあの世の仕組み」は阪急六甲の
本屋に山積みになっています。

良く売れていますが、この本に登場するブルーグレイのおばちゃま
は守護霊として松原さんをずっと以前から守ってきたそうですが、

なんとブルーグレイのおばちゃまの正体が
神智学のブラヴァッキー夫人だった。

おかげで神智学が有名になったと思うのですが。

神智学とは何なのか。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E6%99%BA%E5%AD%A6

歴史上存在したすべての宗教を超えて、すべての宗教的、
哲学的体の源となった人類の「本源的な宗教」

19世紀のキリスト教一色の時代に現れて欧米思想の流れを変えた。

パラマハンサ・ヨガナンダや中村天風を救ったカリアッパ師、
インドには不思議な力を持った人が続々現れましたね。

こうしてヨガが日本に入ってきた。

この時代に日本では金子みすずが登場しました。

「はちと神さま・・」

はちはお花の中に
お花はお庭の中に
お庭は土塀の中に
土塀は町の中に
町は日本の中に
日本は世界の中に
世界は神様の中に。
そうして、そうして、神様は
小さなはちのなかに。

同じ事をみすずさんが日本的な表現で語っていたのです。

それが現代にブラヴァッキー夫人がどうして、
松原照子さんを通してメッセージを
降ろすようになったのでしょう。

松原照子さんの本が売れることで日本人が
神智学的な宇宙論・生命論を理解するように
仕組んでいるのかな?

トランスヒマラヤ神界と高天原神界の協働現象ですね。

「天と地と我は一体、万物と我と同根」

先日亡くなられた『黎明』の著者・葦原瑞穂さんも
23年前に青山圭秀さんの『理性のゆらぎ』の影響を
受けていたでしょうね。

すごいサイババ・ブームが起こりましたからね。

今の若い人に、あの頃のサイババ・ブームを
再現してあげたいですね。

『走りながら祈る』に詳しく書いていますので
興味があったら読んで下さい。

ヒマラヤ神界から高天原神界に繋がった流れを
書いております。

葦原瑞穂さんも神智学的な世界観で本を書かれてますが、
最近はアワの歌を教えておられたとか。

同世代の葦原さんと保江邦夫さん、矢作直樹さんが
登場して、日本の心を説かれていること。

インドの聖人たちの代わりに保江邦夫さん、矢作直樹さん
が登場してスピリチャルが復活したのです。

お二人のご活躍によって高天原神界の存在が明らかに
なってきました。

トホカミエヒタメとか白川神道からの皇室情報や
伯家神道呼吸法の秘儀、禊祓いと皇道原理
なんて知られるようになりました。

先日の大江幸久さんとアマノコトネさんの
共著『トノヲシテ 瀬織津姫 言霊リーディング』
もすごい本ですからお薦めです。


高天原神界の存在が活発化し、日本の心が復活する時代。

日本の心を語るには、高天原神界の瀬織津姫
のお力があってこそ生まれた著書ですからね。


アマノコトネさんは、今最高のチャネラーです。

アマノコトネさんに神戸に来て頂いたおかげで、
彼女のリーディングは凄いということが分かりました。

アマノコトネ、宮崎 貞行著『ワカヒメさまの「超」復活!』
は六甲山系の神々のお力を知る大切な事が沢山書かれています。

『天皇の国師 三上照夫』も宮崎 貞行さんはアマノコトネ
のお力を借りておられると聞いて納得しました。

さあ、世界の神界はどうなっているのでしょう?
私たちの体と宇宙の仕組みを解き明かす神智学。

来週の文化の日、神尾学先生の神智学入門講座が
なんとシンクロしています。


今回のテーマは「チャクラ情報の3つの系統」

神尾先生よりの案内です;

1.バーバラ・ブレナンの『光の手』に代表される
欧米ヒーリング系のもの

2.神智学徒リードビーターによる『チャクラ』で公開されたもの、
および、インドで伝統的に伝えられてきたもの
  
3.アリス・ベイリー(特に『秘教治療』)によって
開示されたものです。

このうち、2.は実際には2つに分かれるので、計4種類ある、
と言ったほうが良いかもしれません。

他の情報も、基本的には、この4つのどれかに収まると思います。

この4つは、それぞれが独自のエネルギー・システム(体系)
をなしていて、異なる種類のエネルギーを伝えている、
という点が重要です。

インドで伝統的に伝えられてきたものに関しては、
・書籍などを通して一般に開示されたきたレベルのものと、
・資格を得た者以外には伝えることを許されなかった秘伝的
 な情報があります。

熱心なヨーガ関係者が書籍などを通して学んできたものは、
当然、前者です。

後者に関しては、これまで開示されることは基本的に許されません
でしたので、本当のところはほとんど知られていませんでした。

アリス・ベイリーの『秘教治療』は、人類がある程度の進化を
遂げたため、それを許される範囲で開示した最初の書籍である
と言えます。

しかも、その中には、(解読していくと)他のチャクラ・システム
との関係も語られていることが分かります。これを知ると、

今出回っているそれぞれのチャクラ情報が、
正しく関係づけられ、誤解や危険をおかすことなく、
合理的に学んでいくことができるようになります。

11月3日(文化の日)

「セラピスト・タイチ入門」
9:30~11:30  参加費 3,000円

「神智学入門」講演会
開場13:00
13:30~16:10 神尾 学 講演
16:30~    質疑応答  参加費 3,000円

午前と午後を合わせて参加されますと5,000円

17:30~ 懇親会

神智学を学ぶと、宇宙的な視野で世界の宗教が一つであり、
同じエネルギー体として様々な神界の存在が具体的な
世界として理解できるようになります。

神尾先生は神智学の世界の第一人者と言えます。

松原照子さんがなぜブルーグレイのおばちゃまの
お役目を演じるのか訊ねてみましょう。

では、お待ちしています。





六甲ヒメの護摩焚き祈祷行事と北一策先生の講座

☆★ シャンティ・メール10月18日 ☆★

今日は大江幸久さんと一緒に明日の六甲ヒメ講
での護摩焚き祈祷行事の準備。

心経磐周辺のお掃除から護摩壇の準備のために
朝9時に出発し、12時過ぎまでかかりました。

六甲山に住む80歳のお婆ちゃんが檜葉、枯葉など
用意して下さいます。

檜葉とマキ、枯葉で護摩壇を組んでいると
先人の知恵や美意識が学べます。

神様にお仕え出来る仕事、ありがたいことです。

参加者は50人を超すとか!!

明日10時半からですので遅れないように。

駐車場はカントリーハウスのスキー場前が
空いているでしょう。

直会は12時過ぎから近くの「六甲山の上美術館」
であります。
http://handsonme.cloud-line.com/

もう満員御礼ですが、予約されずに来られる方は
お弁当を持参のこと。

そして23日は北一策先生の講演会です。

配布用のレジメが来ていますが、公開できないのが残念です。

第一部【激動の2016年 アジア情勢の真実】
・南シナ海、東シナ海問題を掘り下げる、5年後のアジアを見据えて中国が
 狙っているもの
・フィリピンのドゥテルテとは何者なのか、裏社会を恫喝する新大統領の素顔に迫る
・日本と台湾の奇妙で奥深い関係、田中角栄の日中国交回復で日本が失ったもの
・沖縄をめぐる表裏の駆け引き、琉球王国の歴史的意味と現在の「本当の姿」
・天皇陛下「生前退位」の意味
・現われ出る「ニセモノ」たち 天皇の信実を知る人間、首相と密接な関係にある人
さまざまな分野で嘘八百を並べるニセモノたちを実名で糾弾

第二部【世界を動かす闇社会・裏世界】
・誰も語らない国際情勢の裏  
・裏世界の勢力がアジア史を構築してきた
・恐怖の秘密結社「青幇(チンパン)」の全貌、日本の青幇はどこで何をしているのか
・日中国交回復、台湾断交に暗躍した魑魅魍魎、なぜ田中角栄は3日で台湾を切ることが
できたのか、 そのとき福田赳夫、石原慎太郎、中曽根康弘の動きは

・全世界5000万人を抱える紅幇(ホンパン)「洪門(ホンメン)」とは?
日本には洪門が何人いて、彼らは何を企んでいるのか
・沖縄―台湾―フィリピンをつなぐ衝撃の人脈、沖縄のヤクザ
旭琉會と青幇、洪門、そして東アジアに蠢く怪人たち
・フリーメイソンなど足下にも及ばないアジアの結社
・政治も軍事も及ばない東アジア闇世界の実体

・「ローマ法王がトランプを支持すると言い出したのだ。
・国王死去悼むタイの背後にタクシン元首相がいて、
その背後には中国共産党が控える。
・フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテは米中央情報局(CIA)
を挑発し「失脚させたければやってみろ」と述べた。

今や世界情勢からも目が離せないですね。

大変化の時代を読み解く北一策は、
小学校から漫画家になろうとして、なぜか早稲田大学に入って、超古代史、怪しい宗教秘儀、
秘密結社超人的能力を得る修業法、チベットの秘儀、ナチスのオカルト、大東和戦争や
その後の日本の秘密など漫画の素材探しをされたとか、

その後、小学館に入って漫画単行本を出すコミック編集室にはいって手塚治虫、横山光輝。水木しげる
藤子・F不二雄さんなどを担当。

漫画を書くより漫画的な人生を全うされている。

早稲田時代は右翼の街宣車に乗ったり、柳川組の親分に可愛がられたり、とこの時代
左派系にぶれた団塊世代とは眞逆な民族派の情報一杯の青春を謳歌された。

遠回りしたぼくからすると羨ましい人生ですね。でも、なぜか今の僕と繋がる点が多いのです。

これも不思議ですね。

前回の講演のビデオではちょっと語りきれない吉田、卜部、白川神道からの皇室情報や
伯家神道呼吸法の秘儀、すめら教からサーヤの話?

ぼくが打ち込んでいる神道夢想流杖道と鬼倉 足日公とフリーメイソン、玄洋社の頭山満、
内田良五郎、中山博道、内田良平の黒龍会、中村天風とご縁があるのです。
この辺のお話がめちゃくちゃ面白いですが、今回お話をきけるかどうか?

前回の講演会DVDを今回参加の方には半額の¥1500で提供いたします。
必要な方はご連絡ください。

日本の力、その魂の文化の源泉

日本の魂の文化の源泉 清水 正博
日本の魂の文化を象徴するお盆ですが、残念ながらわが家はお墓参りも行かず家庭でもその伝統行事が失われています。しかし世間では国民的休暇として4・5日間のお盆休みがあり、お墓参りなどの習慣は生きています。

このお盆休みに合わせるように広島、長崎の原爆投下、そして終戦記念日が集中したのは何故なのでしょう。
それは日本民族の祈りの力が導きよせたのではないかと思った私は、大祓い祝詞の「神集へに集へ給ひ、
神議りに議り給ひて我が皇御孫命は豊葦原瑞穂国を安国と平けく知らしめせと事依さし奉りき」を思い出しました。
この国民的祈りの力が凝縮して、ご先祖様の霊を祈るお盆の時期に終戦記念日が来るように「神計らわれ、
安国と平けく知らしめせ」と仕組まれたのでしょう。

なにも現代に限ったことではなく、多くの方が言ってきたことですが、日本独自の人智では起こり得ない神計らいが
長い歴史の中で日本文明を生み出してきています。そんな日本神界の働きをひきだす偉大な知恵のひとつが
大祓詞なのでしょう。

私が大祓い祝詞を暗唱しようと思ったのは、2011年の311頃、皇室で伯家神道の儀式がされなくなった今、
明治天皇崩御から100年目の7月30日までに大祓い祝詞を1000回唱え、できるだけ多くの人が暗唱すれば
良いとの呼びかけがあったからです。お蔭でその満願の日に、不思議なシンクロが多発しているのに気づき、
その霊験あらたかな力を知ったわけです。

この7月31日の明治天皇崩御の日に玄孫の竹田恒泰さんの講演会に参加して名刺を交換し、翌年の9月には
竹田さんと一緒に行く壱岐の島への一泊旅行のチャンスが生まれ、これは滅多に味わえない贅沢な旅になりました。
同じ31日に大江幸久さんが瀬織津姫を祀っている六甲ヒメ神社岩座を見つけ出し、ハリー山科さんが遠野で
瀬織津姫を感得したのも同じ日、その頃に瀬織津姫の絵を描く北海道の田口陽子さんの事を奈良裕之さんに
紹介され9月の個展が決まり、同じ頃に大下伸悦先生に出会って言霊講座が決まり、と瀬織津姫パワーが
あちこちで顕現したのです。

さて広島、長崎の原爆投下された間の8月8日に、天皇陛下は「象徴としてのお務めについてのおことば」
を述べられました。それは8月15日の71回目の終戦記念日を迎えるお盆のタイミングでした。
お盆はご先祖様の魂や戦死者の英霊を祀る厳粛な日が続く祈りの期間として、マスコミもこの時期だけは
戦争の真実を報道する反戦平和番組の特集を組んでくれます。
そして私は偶然1967年版(岡本喜八監督・三船敏郎)の映画「日本のいちばん長い日」を見てしまったのです。
いや、見せられたのでしょう。

玉音放送の録音盤が狙われた?終戦前日の14日、「何が何でも徹底抗戦」を主張する若手将校たちが
近衛歩兵連隊を率いて玉音放送を阻止するために近衛師団長を殺害し、師団命令を偽造して皇居を占拠し、
昭和天皇を拉致しようとしていたという無茶苦茶なことが起こっていたとは。この映画は「終わらせ方が分からない
無責任な政治家」と国民に代わり戦争に終止符を打った勇気ある「一人の人間」として天皇を描いたということ、
知らなかったですね。

昨年この映画をリメイクした原田眞人監督は「立憲君主制の中で自由もなく、まさに『耐えがたきを耐え』てきた
昭和天皇が、ここで戦争を止めないと日本という国がなくなるという思いで聖断を下すさま、苦悩を含めた
「人間」としての昭和天皇・裕仁を描きたかった」と語っている。まだ見ていませんが、原田版はすごい人気だそうです。

先日の矢作直樹先生の講座で語られたことですが、311の直後に天皇陛下が犠牲者に対して詔勅をだされたことから、
米軍が友達作戦を発動し福島原発事故の問題を解決しに来たといわれる。この事はアメリカと天皇との間の特別な
関係について語られたようですが、その当たりのことは平民が知ることではないとも言われます。
これは保江邦夫先生が語られた事とも関係しているのでしょうが、一体どんな事情があるのでしょう。
これは日本と云う国が本当に偉大な使命を背負った国であることを知った裏の支配者達が、それを封印しようして
きたことと関係がありそうですが、今後それらが明らかになって行くのでしょうか。

アメリカ、メキシコ、そしてインドにも3回行って、日本には世界中の宗教とは異次元の世界があると気付き、
それを『走りながら祈る』の中で私の体験を通した日本神界の働きとして書きました。矢作先生も神道は宗教
ではないと言われていますが、私も走りながら祈ることは、日常的な意識や行為が信仰と一つになっていると
思っているからです。お天道様に祈るように、森羅万象に祈って来た日本人の信仰は、農耕民族であった
日本人の自然観であり、日常性だと思っています。

神々の世界についてはいろんな風に語られる訳ですが、キリスト教のような一神教の教えをそろそろ整理し、
日本人は優れた神仏習合精神や哲学に誇りを持って、世界に知らしめす必要があります。白隠の坐禅和讃、
興禅大燈国師遺戒、般若心経には、神・民の一体や人には小宇宙意識がある。そんな宇宙意識につながる
日本的信仰の優れた点を神話と共に子供の頃からもっと明確に教えて行くべきだと思います。子供の時から
教えれば、明るい前向きな自然観をもって育ち、歴史・文化に誇りに持ち、知識偏重からの自殺、精神疾患
ども克服する心を養えるでしょう。

昌原容成さんの講座「日本語は神である」から始まり、大下伸悦先生の言霊講座、吉野信子先生の「カタカムナ」、
佐藤敏夫先生の「神の数学」と主宰してきたことで、言霊・数霊の文化が明確になり、ホツマツタエからみた
日本神話を知ると、実在したご先祖様の体験談だったのではないかと思います。死んだらみんな神様仏様になる
国ですから、神話があって当然です。ですから日本の神々の名前や働きを知っておけば、何か不思議な体験と
繋がっていき、それが直観力を養い、何事か分からぬまま何ものかに導かれている事を知り、真理に導かれる、
それが「日本語は神」であり、カンナガラの道を説く「言の葉」の国なのでしょう。

ちょうどこの心境に近いのが西行の句「なにごとの おわしますかは知らねども かたじけなさに涙こぼるる」
なのかもしれません。この句の人気が高いのは、神様の存在は分からなくても、だれでも人は神秘体験を
感得しているという証なのです。これが日本神界が皇室と云う存在を生み出し、国体を維持して来た不思議な
力であり、そんな国に生まれたこと、それを知ることが日本人の美意識や民度を高める一番の近道だと思うのです。
全国あちこちでセオリツヒメ現象が顕現している、ホント不思議な国なんですから。

昨年の終戦70周年記念日に時期を合わせたように安保法制反対運動が盛り上がり、若者の間からSealdsが生まれ、
アメリカの占領政策である日本民族愚民化政策により日本はアメリカの属国になっていると若者たちが訴えました。
選挙権も18才まで下げられ、政治意識が高まると思っていたにも関わらず、参議院選挙の結果を見ると隷属意識
は変わってないことが分かり、情けなく思いました。

3分の2議席を得た安倍さんもこれで改憲論議が進むと思った束の間、8月8日に『ご詔勅』があった訳ですから、
平和を求める心や大和魂に目覚める意識を広めよとの神計らいなのでしょうか。
この大切な日本再生の時に、サラ・シャンティが創業20年を迎え、日本を思う素晴らしい講師や愛国の同志が集う
場所となり、全国でもかなり意識レベルの高い講座が注目されるようになり、わざわざ九州や北海道から来られる
方もいて、ありがたいことだと思います。4月には越智啓子先生の講座を芦屋神社で開催できて、吉野信子先生
とのコラボが始まり、第3クールのカタカムナ講座が始まりましたが、保江先生や矢作先生、池田整治先生の
講座が実現するなど、新たな次元への体制が整って来ました。

4月10日は保江邦夫先生が来られ、7月の参議院選挙に「日本の心を大切にする」党から立候補されるにいたる
秘話を語られましたが、口外無用の衝撃的なお話も飛びだして面白い講演になりました。そこから7月の参議院選挙
までサラ・シャンティはfacebookやメルマガで情報発信して応援したのですが、残念ながらお二人とも落選されました。
でもお二人に政治家は似合わないと思ってましたので、良かったと思います。それに落選のおかげで8月13日の
矢作直樹先生の講演会はじっくりお話が聞け、素敵な集いになりました。

ここで講演会に参加された医師の横田直美先生のスゴイお話を。《20年以上も前のこと、気功家の中健次郎先生
が中国留学中に「気功老師訪問の旅」を企画して下さいました。参加されていた矢作先生と私が何か会話している
ところへ王先生という日本語が話せる老師が来られ、矢作先生をじっと見た後に「あなたは高い霊格を持っています。
将来ご自分の考えを発表したり、書物を著したりされるでしょう。」と予言されました。予言は的中したのです。
『人は死なない』の新聞広告を眼にしたとき戦慄が走りました。》とのこと。

さっそく中先生に聞いたら、王魁溥(北京気功学院教授、太極静功導師、中国気功科学研究会理事)という方で、
戦前に京都大学に留学しておられたので日本語が堪能だそうです。1992年8月発行の気功マガジン「カルナ」
83号に、王魁溥「道家慧目功の神髄」の記事が紹介されています。この頃から中先生の気功の記事も掲載
されるようになり、94年9月号に青山圭秀の「サイババの『品物よりも私を求めなさい』」が掲載され、サイババ
ブームが起こっています。

そして95年1月、青山圭秀の3部作を読み終えた直後に阪神大震災が起こり、サイババの神秘体験をさせ
られた私は、「一体なぜ?」と長い間考えさせられました。目の前に起こった事ですから、信じる信じないも
ありません。知らない異国の聖人から突然一方的にプレゼントが届いて、「エッ、なんでや」という感じでした。
そのおかげでサラ・シャンティが生まれ、不思議な気持ちで20年近くやって来た結果が今。

中先生、矢作先生、保江先生とのご縁も、この時の不思議体験の延長線上にあるわけで、私が本を書く
気になったのも矢作先生の『人は死なない』を読んだからで、私以上にぶっ飛んだ体験をされている保江先生
や吉野信子先生のカタカムナの講座が実現しているのですから、サイババもアマテラスも瀬織津姫も同じ
天上界の存在で同一神なのかと思ってしまうのです。

ギネスに載る世界最古の国「日本」。この秋にいよいよ日本の古代神代文字の文献が世界に紹介される
一大イベントが開催されます。10月10日に、ヒカルランドから出版される大江幸久さんの新刊書『この
国の乱れを整えるトノヲシテ瀬織津姫言霊リーディング』の出版記念講演会が決まりました。
瀬織津姫様のメッセージが世間に広がるような著書なのです。さらに日本記者クラブで10月11日には
ホツマツタヱ再発見50年プロジェクト記念フォーラムが開催され、11月19日と20日には琵琶湖・
高島市藤樹の里でホツマツタエ縄文の集いがあります。

悠久の歴史と風習を今に伝える我が国で「世界最古級の叙事詩写本」が発見されて本年は50年となる。
漢字伝来以前の縄文古代文字で記された古文書は、「やまとことば」の原型を化石のように顕す12万余字
の奇跡の文書だった。『ホツマツタヱ』の名を持つ「真実の伝承」は、在野研究者、郷土史家たちの心血を
そそぐ研究により、ようやくその全貌が明らかになりつつある。だが、文明史の常識を覆す記述の数々は、
途方もなく重く、深く、そして美しい。

北一策先生は今回より本名「志波秀宇」で、三一書房から『マンガ★漫画★MANGA(日本の漫画はなぜ
世界一なのか)』を出版されました。サラ・シャンティでの講演の内容が著書になりました。DVDがあります
のでご希望の方はご注文下さい。次回北一策先生の4度目の講演は10月23日(日)、題して「世界情勢の
怪説と世界最古の秘密結社の秘密」です。北先生の著書に『達磨文書』がありますが、この方面の研究
をして来られた世界の秘密結社についての興味深いお話です。

8月7日から始まった池田整治先生の池田塾は「滅びの道」から「永久の道」と題しての5回連続講座。
年末までの毎月第一日曜日は池田先生と共に日本や世界の問題を総浚いしていきたいと思いますので、
興味のある方はご参加ください。池田先生は日頃から五井野博士、呉善花、菅家一比古、竹田恒泰、
B・フルフォードさんとお付き合いがありますので、日頃聞けない貴重な情報をお持ちなのが魅力です。
トルコ、イラン、イスラエルがロシアに接近し、アメリカの威信は地に落ち、中国経済も世界の金融市場
も崩壊をいわれますが、世界はどのような方向に展開していくのでしょうか。

現在のアメリカではトランプ氏が、自国のして来た残虐な歴史を知らんふりして「アメリカとメキシコの
国境に万里の長城を建てる!」「イスラム教徒は、アメリカに入れるな!」「日本から米軍を撤退させる!」
「日本の核保有を認める!」「朝鮮戦争が起こってもアメリカは関わらない!」「日本は、もっと金を出せ!」
「アメリカは、世界中から搾取されている、哀れな国」、「NATOが、日本が、韓国がアメリカを搾取し…」
なんて滅茶苦茶な事を言っています。

こんな人が共和党の大統領候補になると言う事は、独立以来240年の歴史しかないアメリカという国の
歴史の浅さ、文化程度を証明しています。これまでの大統領も独善的な正義をタテに戦争ばかりする人
でしたが、彼はアメリカの恥部を暴露するお役目を演じているのかもしれません。こんなアメリカの混乱
状態は、金融支配層の世界戦略崩壊から起こっていると云われていますが、911のように自国民を
騙して来たツケがきたのですから因果応報。そんな国を信じて隷属して来た自民党政権が、11月
大統領選の結果、どんな対応をするか楽しみです。

欧米の植民地支配で破壊されつくしたアフリカ、中南米諸国のことはご存知でしょう。政治は腐敗し
民度は低く、犯罪が多発するなど大変な負の遺産を背負わされました。ぼくは1年半のメキシコ、
アメリカの留学で、その実態をつぶさに見て、若くして世界の現実を知ることができました。おかげで
日本の歴史に誇りを持つ事が出来、古武道を始めたいと思ったわけですが、ありがたい事に、
住んでいたスグ近くに新しい古武道の道場が開かれ、そこで神道夢想流杖道の松田師範に出会
えたお蔭で、今のぼくがあり、サラ・シャンティへと繋がってしまったのですから、なぜなぜの世界ですよね。

自衛隊で鍛えた池田先生は武道家として超一流ですから、連続講座をお願いした時に、最初に30分
ほど空手の極意の指導をお願いしました。情報ばかりの頭でっかちで終わらず、空手を通して得た
生きる力の真髄を気迫で伝えていただく時間を持ちたかったのです。この開講の時期にオリンピックと
お盆が重なったのも偶然ではなく、「死ぬ気で体を鍛える選手たちの姿」を、見せるための神計らい
だったのでしょう。日本の武道精神の復活せよとのご神託であり、「神武」とは、神から授かった
「武」であり「生(ぶ)=生みだす」意があり、この時代を生き抜くには柔な精神では持たないぞ、
とのご神託が降ろされた国なのですから。

神道夢想流杖道の創始者・夢想権之助は、天真正伝香取神道流だけでなく鹿島神流の「一の太刀」
の極意も授かったと伝えられ、慶長年間の頃に江戸へ出て著名な剣客と数多くの試合をしたが、
一度も敗れたことがなかった。しかし宮本武蔵と戦いで初めて敗れたことから筑前宝満山に参籠し
37日目に、夢の中に童子が現れ「丸木をもって水月を知れ」という神託を得たとされています。
御神託をもとに、工夫を重ね、ついに四尺二寸一分、 径八分の樫の木で、槍、薙刀、大刀の
3つ性質を統合した杖術を編み出し、神道夢想流が創設されたという神様から授かった武道なのです。

夢想権之助の言葉「我が国においては剣術のみが武術であるとの考えが主流になっている。
しかし、人を殺さぬことを真理とする杖こそが武術の大本となるべきである。その昔、天地開闢のとき、
イザナギ、イザナミの尊が『天の矛』をもって大海原をかきまぜ、この大八州(日本国)を創られた。
この「天の矛」こそが杖であり神国日本の武を代表するものである。日の神である天照大神も三剣
を帯し武をたいへん尊ばれた。仁、義、礼、智、信を守ることのみでは国を治めることは出来ない。
武も必要であり武をもって国を治めるには、術が必要である」があります。

武道にはこうした継承していかなければならない云われがあり、保江先生も大東流合氣柔術から
独自の合気の世界を切り開かれて、伝えようとされています。こんな私が伝えて行きたい思いは、
超人的な矢作先生、中先生とも繋がって、そこに自衛隊で鍛えた空手家である池田整治先生が
関西に引っ越して来られ、武士道精神を伝える塾が開講したのも、神計らいなのでしょう。
今回の「出会い61号」も素晴らしい活躍をされている方々にお願いし、大変貴重な内容の
文章が集まりましたので、じっくり読んで頂きたいです。

せめぎあう日米中の国体神話 宮崎貞行

長文ですが宮崎貞行先生の文章を紹介します。

せめぎあう日米中の国体神話 ――なぜ今、国体論か
国体と政体の違い                              
    

どの国にも、伝統的に尊重されてきた「国体」というものがあり、「国体」についての言説があります。それらの言説は、その正しさを科学的に実証することができないという意味で、どんなに巧みな近代言語で理論武装されていようとも、すべて「神話」といってよいものです。

しかし、神話だからといって、現実世界において意味がないというのではありません。神話は、その逆に現実に対して強い作用を日々及ぼしているものでありますが、神話の有用性は、国々の長い歴史において結果としてどう機能したか、その国がどの程度永く生存と発展を続けられてきたかという結果においてしか判定できないものなのです。

 本稿においては、日本と密接な関係のある米国と中国の国体神話をまず取り上げ、それとの比較において我が国の国体神話を説明し、その特色を分析してみたいと思います。

日米中の国体神話は、厳しい現実の世界において互いに優劣を競い合っており、日々の情報戦争を通じて自国の国体神話を正当化し、強化しようとしています。国々の盛衰や優勝劣敗は、国体神話を抜きに語ることはできません。

さて、不用意に「国体」という言葉を用いてきましたが、ここで、当面の定義を整理しておきましょう。本稿においては、その国の伝統的、歴史的に形成され、大多数の国民によって尊重されてきた立国の思想と価値の体系を「国体」(national entity)と呼び、ある国の政治的な統治体制を「政体」(polity)と名付けることにします。
政体には、立憲君主政体、共和政体、一党独裁政体などがありますが、その国の価値体系を基盤として、歴史の進展ととともに内発的に産まれる場合もあれば、敗戦後のわが国やサダム・フセイン打倒後のイラクのように、伝統的な価値観と関係なく強制的にある政体を外部から押し付けられることもあります。

米国流の政体を押し付けた場合には、長い歴史をもつ日本やイラクの固有の国体と衝突し、摩擦を生じ、いずれは制度自体が廃棄されるか、あるいはその中身が変容していくことになります。

たとえば、イラクの場合は、部族の連合が国家を形成していましたから、個人主義に立脚する米国流のデモクラシーは、選挙制度を外見上採用させ、民主化させたとはいえ、完全な失敗に終わりました。スンニ派、シーア派の各部族長が、実質的な政策決定を行うという以前のシステムに戻ってしまったのです。ブッシュ前大統領は、イラクの民主化によって情勢は安定すると自負しましたが、その後の中東の混乱は目を覆うばかりですね。

わが国は敗戦後、米国によって、「国民主権」、「自由」、「基本的人権」などの米国の価値体系に基づく憲法が強制され、いまでは憲法学者もこれらの概念に何の疑いも持たず、普遍的なものとして受け入れ、学生にも当然の価値として刷り込まれています。

戦後は、米国流の政体論が盛んとなり、国体論はすっかり語られなくなりましたが、だからといってわが国の国体が消滅してしまったわけではありません。米国や共産中国の国体と同じように厳然として存在し、いまもなお私どもの日常の行動に深い影響を及ぼしつづけています。

アメリカの国体神話とは

それでは、本題にかえって、アメリカの国体神話とはどのようなものでしょうか。それは、建国の神話を編集した三つの声明の中に見出すことができます。

英植民地からの独立の決意を表明したジェファソンの独立宣言、民主政治を表明したリンカーン大統領のゲティスバーグ演説、そしてフランクリン・ルーズベルト大統領の「四つの自由」の宣言です。

毎年、九月十一日には、ニューヨークで同時テロを追悼する記念式典が開催されますが、その式典では必ずこの三つの声明が読みあげられます。建国精神を代表するこの三つの声明は、国難に面したとき、もう一度アメリカの価値を見直し、団結をかためるために読みあげられるのです。

ところが、よく検討してみると、これらの声明は白人社会の一方的な利益を追求するための偽善的なものであることが判明してくるのです。

ジェファソンは、英植民地からの独立を宣言しましたが、米領土はもともと先住民インディアンの土地を武力によって強奪したものでした。かれは、一部地域に限ってもインディアン族の「独立」を決して認めようとしませんでした。ジェファソンは、広大な邸宅で百人以上の黒人奴隷を使い、黒人女に数十人の子供をはらませ、あたかも植民王のようにふるまっていました。

リンカーンは、「人民による人民のための政治」を標榜しましたが、その人民の中に黒人もインディアンも含まれていませんでした。彼らに選挙権は与えられていなかったのです。また、ルーズベルトは、「貧困からの自由」を謳いながら少数民族の貧困には無関心でしたし、「恐怖からの自由」を主張しながら、メキシコやハワイ、フィリピン、日本に対しては軍事力の威嚇を通じて底知れない恐怖を押し付けていたのです。
アメリカの国体神話を特徴づけている基本的な価値観は、「独立した個人の自由」といわれるもので、戦後の日本はこの観念に幻惑され、洗脳されてきましたが、果たしてそれは「自明の真理」なのでしょうか。「自由」の権利は、世界に通用する「普遍的な価値」と教え込まれてきましたが、はたしてそうなのでしょうか。

よく考えてみると、自由というのは、「私の自由」、「あなたの自由」、「アメリカの自由」、「白人の自由」というように、「の付き」の自由でしかありません。すべての人に共通する「普遍的な自由」というものは存在しえないのです。もし普遍的な自由があるとすれば、アメリカは、日本やロシア、ベトナム、イランの普遍的自由のために戦うべきでしょうが、歴史を振り返ると、アメリカは自国の自由のために、日本、ロシア、ベトナム、イランに不自由を強制してきたのです。

結局のところ、自由というのは、強者が振り回す論理であって、力の強いものにとって都合のよい価値観にすぎないことが分かります。力のない貧乏人、有色人種、社会的弱者は、自由を与えられてもそれを活用できないのです。したがって、自由主義は、必然的に貧富の格差を増大させます。今、米国は先進国の中で一番貧富の格差の激しい国となっていますね。金融資本家のたむろするウォール街とアル中の多い貧しいインディアン居留区の光景は、きわめて対照的です。

米国は、自国の産業が強い時期は、貿易の自由化、金融の自由化などを要求してきますが、いったん弱くなると、力を背景に、半導体や自動車の輸出などについてみられたように、自由の主張を引っ込め管理貿易を主張するようになります。自由主義の裏側には、力の信奉と覇権主義が隠れていることを忘れてはなりません。
自由はまた、強者に有利な考えであるばかりでなく、社会対立を助長する思想でもあります。自由を強調すればするほど、「私の自由」と「あなたの自由」は激しく対立してきます。その対立を解決しようとして、アメリカは弁護士を大量生産する訴訟社会となりました。訴訟社会では、はげしく自己主張をして対立しあうことが奨励されます。

アメリカの自由論は、ユダヤ・キリスト教の伝統に裏付けられています。すなわち、独立宣言にあるように、「超越的な神が人間に自由を追求する権利を授けた」という創世神話に基づいています。アメリカは、建前の上では「国教」を放棄していますが、今日もなお、「見えざる国教」(ユダヤ・キリスト教)が市民生活と政治を厳然と支配していることは、大統領の就任式や一般の葬式を見ても明らかです。

もともと、自由の観念は、王制を打倒しようとしたフランスの革命家たちが掲げた理念でした。王政を破壊するために、自由の旗印のもとに民衆の団結を図ろうとしたのです。アメリカの革命家たちも、植民地支配を続ける大英帝国の打倒を目指して、自由の名のもとに戦争を仕掛けたのです。このように、自由の価値観は、対決と対立と闘争を助長するためのわかりやすい便利な道具として使われてきたのです。自由の理念が、ベトナム戦争やイラク戦争を助長したことを思い出してください。

フランス革命は、「自由な個人の契約または信託によって社会が生まれた」というフィクションの上に成立しました。個人アトム説にたつルソーの社会契約論が代表的なもので、アメリカ革命もその延長上にあります。
が、果たして、そのような、過去や伝統や共同体からも「自由な独立した個人」というものは存在するのでしょうか。社会は「いま生存している諸個人の契約によって成立しているのだから、契約を結びなおして暴力革命を起こしてもよい」ものでしょうか。

我々は、父祖たちの築いてきた共同体の切り離せない一員として生まれ、共同体の約束事や制約の中で恩恵を受けながら成長してきたのではないでしょうか。そして、国家や社会という共同体は、生きている我々だけでなく、亡くなった先祖たちが今も見守り、長所は失わないでほしいと願っているのではないでしょうか。

もし、そうだとすると、「個人」、「自由」、「基本的人権」、「契約社会」といった概念は、根本的に見直さなければならないということになるでしょう。少なくとも、独自の価値体系をもつ日本社会においては、アメリカの建国神話を直輸入するのではなく、我が国に適した新しい概念を発明していく必要があるのではないでしょうか。

中国の国体神話とは

次に中国の建国神話に移りましょう。中国は、天命によってある専制王朝が成立し、王朝が徳を失えば、易姓革命によって次の専制王朝に交代するという歴史を繰り返してきた国ですから、永続的な国体神話というものはありません。歴史的にも、モンゴル族、満州族、日本民族などによって支配されてきたので、それらに共通する国体理念というものはないのです。

あるとすれば、武力と権力を握ったものが民衆と土地を支配するという「弱肉強食」思想でしょう。だましと裏切りなど権謀術数の限りを尽くして権力をにぎったものが「正義」を体現するというのが、伝統的な中国の価値観であります。中国で『孫子』、『六韜三略』、『三国志』など権謀術数の戦術論が発達したのは、そういう背景があるからです。

権力を握った後は、その王朝が周辺諸国に対し朝貢をせまる華夷秩序の中華思想(ethnocentrism)というものが国体神話となってきました。中国は、今も諸外国を同列に見ず、序列をつけて扱うことが習慣となっています。相手国の序列に応じて、歓迎宴に出す王朝料理に差をつけ、応対者を変え、それによって中華の優位を示そうとします。

もっとも最近に成立した中華王朝は、いうまでもなく、共産党の支配する共産中国ですが、これは強烈な建国神話を持っていました。
共産党の率いる中華人民共和国は、暴力革命によって一九四九年に成立しましたが、共産中国は、「力は正義なり」という伝統的な国体神話の上に築かれています。
毛沢東は、「革命は、銃口から生まれる」といいましたが、革命を成立させるにも維持するにも、武力が不可欠であることを彼は知っていました。毛沢東の代表作『矛盾論』が主張するように、たえず敵を見つけ出し、敵の内部矛盾を引き起こし、弱体化させ、民衆の力で包囲し、最後に武力で制圧するというのが、毛沢東の戦術でした。彼は、「永遠につづく革命」の一環として、文化大革命という名の権力闘争を展開したのです。現在も、毎日三百件以上発生する民衆暴動を武力で制圧し、政府を批判する知識人を投獄するのが「永久革命の正義」と共産中国は信じています。

第二次大戦後に一党独裁の共産王朝が誕生したときは、たしかに建国の理念というものはありました。
そのときの建国神話は、生産手段と資本と土地を国有化し、成果を平等に配分する共産社会を建設するという理念でした。アメリカが「個人の自由」を強調したとすれば、共産中国は「全体の平等」を掲げて蒋介石の保守勢力と戦いました。
しかし、ソ連の崩壊が示したように、やがて「歴史の必然」のはずの共産主義は神話に過ぎないことが明らかになり、現代中国はその理念を事実上放棄し、「市場経済社会主義」という意味不明な標語のもとに弱肉強食の原始資本主義経済に戻ってしまいました。

鄧小平の改革開放路線は、毛沢東の路線を修正したものですが、一党独裁の体制を変えずに強欲な資本主義だけ導入したものですから、中国の貧富の格差は、いまやアメリカを超える水準に達しています。権力を握った共産党の幹部だけが、汚職と賄賂で、国有財産を私物化し、莫大な資産をため込み、海外に隠匿しているのです。

一世を風靡した共産主義の民衆解放神話は、いまや見る影もなく、「弱肉強食」の中華思想という唯一生き残った国体神話に頼らざるを得ない状況に陥っています。チベットや新疆に対する弾圧や南シナ海などで中国がすすめている資源強奪作戦は、このことを実証しているのではないでしょうか。

前節で自由主義は社会対立を促す思想であると述べましたが、共産主義もまた、対立と抗争を激しくあおるものでもあります。一つの国民を資本家階級と労働者階級に分けて、対立をあおり、資本家を打倒する闘争を促します。国外の資本主義社会を共産化するため、暴力革命を援助、奨励し、場合によっては武力介入も厭わないという強烈な使命感を持っています。

共産主義はまた、歴史に「救済と進歩」の観念を持ち込み、過去から未来に向かって、堕落した資本主義からの「救済」を実現するのが、「歴史の進歩」と考えました。その思想の淵源を訪ねてみると、ユダヤ教にさかのぼります。共産主義は、ユダヤ教から生まれた鬼子といってよいものです。『資本論』を書いたマルクスは、ユダヤ人でしたね。

このユダヤ一神教の特色は、一つであるはずの宇宙存在を全能の創造神と罪深い被造物に二分化したことです。被造物である人間は、創造主の意思に逆らい、罪を犯したので、創造主の救済を待ち望まなければなりません。主と僕(しもべ)、原罪と救済、天使と悪魔、善と悪、創造と終末、過去と未来という二項対立の思考に依拠しているのが、ユダヤ教とそれに由来するキリスト教、イスラム教でした。
共産主義は、たしかにこの二項対立の思考形式の上に成立しています。一つの国民を対立する二つの階級に分け、堕落した資本家を打倒するのが「歴史の救済」と考えました。労働者階級が皇帝や資本家といった悪を打倒すれば、最終の天国である共産社会が生まれると信じました。

ユダヤ人マルクスは、このユダヤ教神話の影響を色濃く受けていますが、彼の理論が、世界に破壊と大量の殺戮と混乱を招いたことは、ユダヤ教の思考様式の重大な欠陥を示唆しているように思われます。ユダヤ・キリスト教の二分法の思考様式は、現代にもなお強い力を世界に及ぼし続けています。白人による人種差別や覇権的支配、ユダヤ人主体の英米金融資本による世界金融の支配は、この二分法の思考の延長上にあるとみてよいでしょう。
日本の国体神話とは何か

それでは、我が国の建国、立国の神話とはいかなるものでしょうか。
古い歴史を持つ我が国は、比較的に新しいアメリカの神話とも、戦後成立した共産中国の建国神話ともまったく違ったものを持っています。アメリカの神話はまだ二百四十年、共産中国の神話は六十六年の時間のテストしか受けていませんが、我が国の国体神話は数々の動乱や国難など三千年以上の時の試練を経てしっかり生き延びているのです。

その原型は、古事記と日本書紀の中に見ることができます。記紀は、当時の為政者が統治を正当化するために作成したものでありますが、そのなかに時代を超えても輝きを失わない珠玉のような建国理念がありました。

わが国最古の建国の理想は、古事記において、皇位継承のしるしである三種の神器という形で表現されています。すなわち、勾玉は為政者が玉のようにまどかな心をもって民の生活をととのえること、鏡は為政者が鏡に照らすように自らを反省し民の気持ちを明るく照らすこと、剣は世の規律を乱すものをいさめることを意味しています。三種の神器というのは、単に皇位継承のしるし(レガリア)ではなく、歴代の天皇と臣下が受け継ぐべき建国の理念を示していたのです。

これを、器物による教え、器教と呼んでいます。古代の大和(やまと)の人々は、抽象語を持っていませんでしたから、建国の理念を具体的な器物をもって伝えようとしたのでした。

このような統治の理念は、聖徳太子の時代にもう少し精緻な論理で展開されるようになります。
十七条憲法がそれですが、聖徳太子は、和の理念を円の中心に置き、そこから延びた十六の花弁に、和から発する十六の統治の徳目を列挙しました。礼節、謹慎、勧善、登用、精励、信義、寛容、賞罰、服務など、官僚の徳目を十六菊花紋になぞらえて表現したのでした。全体を統合する最高の理念は、「和をもって貴しとなし、さからうことなきを宗とせよ」という「和」におかれています。

当時は、崇峻天皇が暗殺されたり、氏族間の宗教戦争があったり、混乱を極めていましたが、太子は、人々に私利私欲と党派性があることを認めたうえで、それでもなお上位のものが和らぎ、下位のものが睦んで、よく相手の立場を思いやり、話し合いを行えば、よい解決策が見つかるものだと諭したのです。

この和の論理は、お互いに自分の権利を主張しあって闘争することにより解決策を見出そうとする欧米の個人主義とも違い、労働者の権利を暴力革命により実現しようとする共産中国の理念ともまったく異なっています。

和の精神は、全知全能の創造主と罪深い被造物の二項対立を前提とするユダヤ・キリスト教の考えとも違っています。それは、聖人でもなく愚人でもない神々を前提におく古代の思想に立脚していると思われます。太子憲法の第十条に「われ必ずしも聖にあらず、彼必ずしも愚にあらず、ともにこれ凡夫のみ」という冷静な観察がみられますが、我が国の神々も凡夫であったがゆえに、率先して「やわし、むつみ、尽くす」という態度が求められたのです。

この和の国体精神は、江戸時代に入ると、二宮尊徳によって体系的な哲学にまとめあげられていきます。

尊徳は、領主も農民も自分の権利を主張するよりも先に、自分の分限と職分をよく度(はか)り、わきまえること、その上に立って共同体の発展のためにお互いに譲り合い、分かち合い、助け合うことを推奨したのです。それを、名付けて「分度、推譲」と呼びました。尊徳の農村開発政策は、すべてこの「分度、推譲」の理念に基づいています。

尊徳の思想は、「報徳」という存在神学に裏付けられています。「徳」というのは、価値のことで、あらゆる人、物、草木、月星、神々など周りの存在が備えているそれ自体の価値をみとめ、その価値をありがたいと感じ、その価値に報いることを「報徳」と呼びました。

二宮尊徳は、わが権利や私利をぶつけるよりも、平和な共同体を築くべき道義上の義務である「報徳」をさきに果たそうと呼びかけたのですね。批判するよりも先にそれぞれの徳(価値)を認め感謝しよう、取ることよりも与えることを先にしよう、要求するよりもさきに奉仕しようと呼びかけたものであります。とりわけ、上位の為政者がわがあり方を反省し、率先して感謝と奉仕を先に行うことを求めたものといえましょう。

明治にはいると、聖徳太子や尊徳のような道義国体論は影が薄くなり、天皇主権を意味する特殊な国体論(これは、本来なら「政体論」と呼ぶべきものです)がこれにとってかわりますが、大正、昭和になりますと、列強の仲間入りを果たしたわが国は、欧米に対抗しうる独自の価値体系をまとめ、これをわが国の国体の本質として提起しようという動きが盛んになってきます。

たとえば、和辻哲男は、個人主義に代わって、人と人の間の相互依存を強調する間人主義を唱え、西田幾多郎などの京都学派は個人主体でなく自覚の境地を中心に置く「場所の論理」を国体の基礎に据えようとしました。鈴木大拙は、もっと根本にさかのぼり、欧米の二項対立の思惟を超えた「即非」の論理、あらゆるものは異なりながらも一つであることを自覚する思惟を海外に訴えようとしました。また、里見岸雄は、民族の根底に流れる「生命体系」を基調とする膨大な国体論を論述しています。

こうした国体論議の高まりを受け、文部省は和辻などの協力を得て昭和十二年に『国体の本義』をまとめ、国民の自覚を促そうとしました。ここには、個人主義に対する共同体主義、差別主義に対する同朋主義、功利主義に対する奉仕主義の主張がみられます。東アジアの解放をめざした昭和十八年の大東亜共栄宣言は、戦前の国体学の延長にあり、我が国がはじめて世界に対しその歴史的な任務を明らかにしたもので、その基本的理念は今日も輝きを失っていません。それは、白人中心の世界秩序に対して東洋が敢然と異議を申し立てた、世界史に特筆されるべき宣言でした。

しかし、敗戦後は、わが国独自の価値と役割を追求する国体論は鳴りを潜め、わずかに三上照夫の自由主義と全体主義を超える「第三文化論」が注目されるだけのさびしい状況となりました(拙著『天皇の国師――賢人三上照夫の真実』を参照)。

こうして次第に世の中は、楽で豊かな経済生活を追い求めることに汲々とし、日本の存在価値を追求した戦前の知識人たちの労作はすっかり忘れられ、固有の価値体系を再発見するよりもアメリカの思想体系を借りて間に合わせるという安易な方向に動き始めたのです。

せめぎあいの中で

しかし、近年、我が国をめぐる思想状況は急速に変わりつつあります。
特に、二○○八年のリーマンショックにより、アメリカの行き過ぎた自由原理主義の弊害が明らかとなり、個人主義と功利主義にたつアメリカの国体が世界にとって有益ではないという考えが広まるようになりました。アメリカの中東介入の失敗とともに、覇権国アメリカの影響力は次第に低下し、相対的に共産中国の影響力が増大してきました。ところが、その中国も世界に訴える理念を持たず、「力は正義なり」というだけの弱肉強食の論理を振りかざして、周辺国を圧迫しています。
また、あいつぐ爆弾テロと内乱、飢餓、難民の問題は、中東だけでなく、西欧、東南アジアにも押し寄せています。さらに、ユダヤ教とイスラム、キリスト教圏の対立は、経済格差に増幅され、ますます先鋭化しています。

今日、世界の人々は、対立ではなく融和を、抗争ではなく協調を求めています。そして、それを先導する根本的な理念を日本に求めようとしています。専制君主も独裁者も現れず、万世一系の天皇を文化と権威の中心としていただいてきた平和な日本の発展の秘密を探り、それに学びたいとしています。とりわけ日本文化に造詣の深いフランスの知識人たちは、日本のように、異なりを認めあうとともに一つであることを自覚し、各自がその立場と能力を生かして譲り合い助け合う社会の到来を待望しています。

もう、欧米や中国に世界の指導理念を任せておくことはできないと悟り始めたのです。しかし、肝心のわが国が、本来の固有の国体思想を忘れ、それを再構築しようという気力を失っているように思われます。いまだに、米国の古い価値観と覇権主義を言語化した憲法に束縛され、洗脳されており、そこから抜け出し、自立の道を探そうという勢力はまだまだ少数です。

アメリカの思想的植民地となってしまった感のある日本ですが、しかし、まだ古来のよき道義の風習を失っていないことは、東北大地震の際に被災者たちがじっと忍耐して分かち合い、助け合った光景からも実証されました。
わが国の共同体主義と調和主義は、米国風のデモクラシーの基盤にある個人主義・功利主義や覇権主義にとってかわりうる価値を持っていると私は信じています。
これからの我々には、今後の日本と世界を指導する理念として、「和の精神」をもっと精緻な論理で、海外に理解される形で、言語化することが求められているのではないでしょうか。たとえば、自由に代わる「自在(とらわれないこと)」、平等に代わる「応分」などの新概念を検討し、「調和」の中身(やわし、むつみ、つくす)をもっと詳しく構築することではないでしょうか。喜んで「感謝と奉仕」に足を踏み出す哲学を提示することではないでしょうか。それは、当然のことながら海外の諸紛争を解決に導くのに役立つ思想となることでしょう。

欧米に発祥した自由主義と全体主義は、ユダヤ・キリスト教の伝統とそれに対する反発から生まれたものですが、これからの世界を先導する理念は、天地自然を書かれざる最高の経典とみる古代人の宇宙観と人間観に基礎を置くものとなると私は予感しています。明治・大正の思想家、川面凡児は、そのことを早くから指摘しており、晩年の司馬遼太郎や丸山真男も古代的な世界観に、わが国体の根本観念を発見したように思われます。

すなわち、個人ではなく生命場を基本に置き、一回限りの創造(creation)ではなく、たえざる生成(なりたち)を宇宙生命の流れとみる古代の原型思想から、言語化を始めなければならないと私は考えています。それはまた、過去と未来の場、顕界と幽界の場が同時存在する並行宇宙を時空論(「中今」)の基礎に置くものとなることでしょう。人間は本来的に罪の子ではなく光の子であり、人間社会はより気高い光を求める祭祀共同体であるとみる古代の思想は、我が国に限らず、古代の世界全体に共通する思想であったはずです。

欧米人の大半は、まだ新興宗教であるユダヤ・キリスト教の世界観にとらわれていますが、その深層には数万年間続いたケルトの古代思想がしっかり残っており、復活の時期を待っていると思われます。人類の集合的無意識にひそむ古代の生命観、社会観は、感謝と清浄の心をうながし、報酬を求めず「世のため、人のため」に奉仕する気概を絶えず生み出し続けるはずです。(その一部は、拙著『宇宙の大道を歩む――川面凡児とその時代』において紹介しています)。

いいかえるなら、古代世界の神話をきちんと体系的な存在神学に高めることが現在求められているのです。素粒子物理学などの成果も用いながら、現代社会に適用しうる和の行動哲学を作り上げることが急がれているのです。
我々日本人が直感的に納得している「和の真理」を言語化していかなければ、日本は不思議な得体のしれない国と置き去りにされるばかりでしょう。この情報戦争の時代に、いつまでも「言あげ」をしない国であっては、見向きもされなくなるのではないでしょうか。

サラ・シャンティ 連日の連鎖調和

不思議なお話ですが、ご報告です。
佐藤敏夫先生の「神の数学」第5回を瑠璃さんがアップ。
http://blog.livedoor.jp/rokkosalasanti/archives/45729769.html

講座の最後で梅村先生の神秘体験からの独白で盛り上がったのですが、とても
スゴイくて文章で書けません。

DVDを見てのお楽しみです。来週にはできます。講座参加費と同じDVD資料込\3,000です。
__________________
またまた予定調和・連鎖調和が続発しました。

神の数学と同じ日、神戸で精神科医の越智啓子先生の講演がありました。

サラ・シャンティには吉野先生が来られてますので、越智先生に会えるだろうと期待していました。

越智先生がめっちゃぶっ飛んだ精神科医であることは皆様ご存知でしょう?

最初僕も理解出来ない方でしたが、今はサラ・シャンティにピッタリの方。

先生は5才の時に宇宙人に出会ったり、UFOに何度も乗せてもらったり、
地中のシャンバラの世界も見てきたり
したというお話を聞きました。

正に神智学で語られるトランス・ヒマラヤ密教の世界ですから、越智先生はアリス・ベイリーの
秘教治療を実践されている第一人者と理解しています。

越智先生も不思議な方で、中野美智子さんと同じ能力を持っておられるようです。

お二人とも野口法蔵さんと親しくされ、越智先生の沖縄でも中野さんのお話し会が予定されているようです。

11月1日の神智学の神尾学先生とも同志であり、越智先生にもぜひサラ・シャンティでの講演を
お願いできればと思っていました。

ですから越智先生が神戸に来ていると聞き、これは何かシンクロが起こりそうだと
期待していました。

すると吉野先生に越智先生から「明日一緒に六甲ヒメ大善神社にいきましょう」って連絡
のメールが入りました。ヤッターと雄叫びした私です。

こちらも講座の翌日に梅村先生の車で佐藤先生、瑠璃さん、私たちの5人で行く予定でしたので、
ばっちり一緒に行けます。

それに佐藤敏夫先生と越智啓子先生のお二人を繋ぐお役目をこんなに早く実現でき、嬉しかったです。

おかげで沖縄での「神の数学」講座が決まり、佐藤先生の全国ツアーが始まるでしょう。

しかし越智先生と吉野先生の乗るための車がもう一台必要。その適任者は決まっていたのです。

小間さんは越智先生のお友達で、今日も講座に出ると聞いてました。

その小間さんに「車出して」と電話でお願いしたら、勿論「オケーよ」と返事があり、そこから更なる
連鎖調和が始まる一日になりました。

翌朝彼女と一緒に越智先生の泊るホテル・ピエナへ9時半に迎えにいくことになり、なんとそのホテルは
二宮神社の目の前にあるのです。

小間さんが「二宮神社の祭神は正勝吾勝勝速日天忍穂耳命よ、勝って勝って勝ちまくる一日になるように越智先生と二人で
お参りしたら」と、さらに「白龍大神を祀る椋白龍社があり素敵な空間だからお薦めよ」と云われ、それは是非行かねば
とお参りに。

この時に越智先生は阪神大震災の時に降りて来たという祝詞の素敵な美しい声を2度も聞かせて頂きました。

そしてビックリするようなことがあったのです。

車でサラ・シャンティに向っている時に越智先生が「白龍大神にお祈りしていたら、来年から今後の
神戸での講演は清水さんにお願いしなさい」とご宣託があったとのこと。

「どうですか?」と聞かれ、ぼくはもちろん「喜んでお引き受けします」と返事、小間さんも大賛成

これで構想していたサラ・シャンティの神智学、秘教治療、未来医学シリーズが完璧になります。

座禅断食の野口法蔵さん、気功の中健次郎先生、松野哲也博士、内海聡先生、西原克成先生、
野坂礼子先生、市川加代子先生などなど、みんな僕の構想の中で繋がるのです。

カタカムナ文明を広く理解してください。みんな繋がって来ます。

エーテル体を見ての治療はサラ・シャンティでも過去世を言い当てる中野美智子さんが実践されて
いる訳ですから、僕も勉強済み。

越智先生も過去世を見て「貴方の首に槍が刺さっている」なんて判るらしい。

前日、福島のカーシェアリングをしている吉澤さんから「歯が痛くなって、下手な歯医者に
生きた歯の神経を抜かれてしまった。

毎日頭が痛くて何もできなくて困ってるので、西原克成先生を紹介して欲しい」と
電話があったのです。

で、月曜日に予約が取れたので行ったら、「三叉神経が炎症しているだけ、他は何も
異常がない」と言って簡単に治してもらって、治療費も安くしてもらったそうで、
すぐに良くなったと電話がありました。

西原克成先生は全身が診れるから、やはりスゴイですね。

二宮神社に寄り道したので30分遅れ、サラ・シャンティに待っていた吉野先生、佐藤先生、梅村先生、瑠璃さん、
そして越智先生、小間さん、清水2人とクルマ2台で出発。六甲ヒメ大善神社の山側の入り口は2台なら置けます。

六甲ヒメ大善神社、心経岩、雲が岩の映像はこちら:
https://www.youtube.com/watch?v=7D3GMI_-27Q
護摩焚きを手伝っている私が映っています。


仰臥岩は一番のエネルギースポットで、ベッドのようなその上で、さすがに越智先生はさっそく「気持ちいい」
って寝そべってました。

六甲仰臥岩3

ここで全員が越智先生の祝詞を挙げました。

そして雲が岩で展望したから、六甲ヒメに降りてまずお掃除です。全員祠に入って、ロウソクを灯し、祝詞と平和の祈りを挙げました。

六甲比女神社3

心経岩に一応おりて、車に戻ったらお昼の時間となり、六甲山ケーブルにある展望台のレストランにて食事。

次は菊理媛命を祀る石の宝殿へ行って祭祀し、イワクラも参拝しました。

ここはカタカムナで「九九理」となり神の数学と関係ある大切な場所なのです。
http://powerspot.crap.jp/s/6557.html

吉野先生と佐藤先生、梅村先生にとっては大切な神様の所在する場です。

今日は越智先生とスタッフも揃って来て、六甲山の主要なイワクラを参拝出来、神様の
お導きがあってこそと感謝の祈りをあげました。

さらに最後の詰めが小間さんの産土である天穂日命を祀る芦屋神社です。

親しい禰宜さんに案内してもらい、なんとここには越智先生の講演会にぴったりの
素晴らしく豪華な神社会館があるのです。

こんな感じで「すべてが上手く行った一日」となり来年に向けてカタカムナと神の数学の普及への
強力な連鎖調和が生まれました。

さあ11月1日の神尾学先生の神智学講座もシンクロしています。

内容は「輪廻転生の真実」ですが、先日の「神の数学」の内容と符合しているのです。

一言で説明できなくて残念ですが、カタカムナは人類すべての財産であり、
世界最古の文明であることはすでに明らか。

ですから秘教治療、そして人間の秘めたるエネルギーを開花する未来医学としても
サラ・シャンティのすべての講座が繋がってきている事がお分かりでしょう。

11月1日の神尾学先生の神智学と秘教治療、
11月23日の石川道子講演記録上映会

もカタカムナや神の数学、とご一緒にご参加ください。

長文になりましたが、読んでいただきありがとうございます。
清水正博
↓このページを翻訳できます↓
プロフィール

サラ・シャンティ

Author:サラ・シャンティ
311東北大震災で眠っていた日本人の意識を目覚め、創業以来20年の努力が報われた。日本人が世界の期待に答えるために、縄文基底文化に秘められたカタカムナの謎を解明し、高天原の神々からの波動を受けて魂と心と体が三位一体とし、利他で働く真の健康な人々の国を再生しましょう。

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